【鼻をつまんでも喉が焼けるにおい】にただ呆然としていた24歳の冬。2000年2月、私はフィリピン・マニラ市近くのゴミ捨て場、パヤタスごみ処分場のゴミの山の上にいた。



私は名古屋に事務所を置くNGO(国際支援市民団体)のICAN(アジア日本相互交流センター)が企画したスタディーツアーで、パヤタスごみ処分場を訪れた。  フィリピン、と聞いてなにを思い浮かべるだろうか。私は、正直なところあまり良いイメージを持っていなかった。よく災害は起こるし、貧しい層が相当多いと聞く。取りあえず現地を見て考えよう。いろんな人から「フィリピンのスモーキーマウンテンは一度は行った方がいいよ」とよく言われていたこともあった。



フィリピンではゴミは焼却しない。ダイオキシンをはじめ各種有害物質を吐き出すためか、ゴミ焼却場禁止法を世界で初めて制定したそうだ。ではどうゴミを処理しているかと言えば、実際のところほとんど分別されず、ゴミ処分場に山積みにされるのである。マニラ首都圏約700万人が出す一日約6000トンあまりの多種多様雑多なゴミがゴミ処分場に集まってくる。うずたかく積まれたゴミの山の内部で腐敗・ガスが発生し、フィリピンの灼熱の太陽の元で自然発火している。いつも煙をくすぶり続けているから「スモーキーマウンテン」と呼ばれている。  


多種多様なゴミの中にはアルミ缶のように換金・資源化できるものも含まれている。そのゴミの山の中から換金できるものを探し生活の糧にする「スカベンジャー」と呼ばれる人たちが、スモーキーマウンテン周辺に数千人単位で住んでいる。とんでもない悪臭と、なにを踏むかわからない危険のなか、多くの子どもたちを含む人たちが生きていくぎりぎりのお金を稼ぐためにゴミを拾うのである。子どもたちがごみの上をはだしやスリッパで歩くので、注射針を踏んだ事がもとで病気になり亡くなった話や、少しでもいいごみを拾おうとごみ収集車に近づきすぎて、落ちてきたごみの下敷きになった、という話も聞いた。



初代「スモーキーマウンテン」は全世界のNGOの非難の的となり1997年に閉鎖されたが、後継のパヤタス地区にある、「スモーキーバレー」と呼ばれていた元々は谷だったところにゴミが集中し、現在では30メートルくらいの小高い丘になっている。それが13ヘクタールにも渡って続いている。


 私たちはパヤタスのごみの山に登ってみた。スカベンジャーが住む掘っ建て小屋のあいだをぬけると、近くを流れる小川には真っ黒い水が流れており、どう見ても住民に良い影響は与えていない。ゴミの山に近づくにつれて表現のしようのない激臭が漂ってくる。こわごわとゴミの上を歩いて山に登ってみると、大勢の人たちがゴミを拾っていた。子どもたちも多い。生ゴミ、燃えるゴミ、燃えないゴミ、本当に様々なゴミの中からアルミや鉄、ビニールなどを拾い出し業者に売っている。こんな劣悪な状況で生活していることにただ呆然としてしまった。