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| 創平が行くvol.3 フィリピン紀行vol.2〜日本の*ODA、2つの実例〜 | |||
| 2003年2月号 | |||
| ※ フィリピン紀行vol.1〜セブ島のフェアトレード〜は『ボラみみ』2002年12月号またはこちらをご覧ください。 | |||
| 1. セブ島の大規模な開発援助 | |||
| セブ島の小さな漁村のコミュニティでは、仕事が充分にできていないだろうというのが外から見ても丸わかりだった。セブ島はダイビングの名所なのだが、漁で魚が減少してダイビング客が減少するのを恐れ、フィリピン政府はセブ島近郊での漁業を禁止した。大企業は遠海で漁ができるのだが、漁村の人たちは近海で魚を採るボートしか持っていないために、慢性的に職がない状況に陥っているという。 近くでは、ODAによって道路と大きな橋が造られていた。日本にあるものとかわりない産業用の立派な橋だ。貧しい家々がたたずんでいる隣に、近代的な建造物があるのは不思議な光景だった。この橋は円借款ODAであり、しかも施工しているのは日本の企業なのだ。 数世代にわたって住んでいたここの人たちは、土地の所有権がないということで即立ち退きを言い渡された。またこの工事により、海流の流れが変わってしまい、家のすぐ下まで水が来たり、ゴミが海辺に打ち上げられたまま残されるという汚染に繋がっている。 |
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| 2. **スモーキーマウンテンでの援助 | |||
| 中学・高校時代の副校長が神父として働いているスモーキーマウンテンで、僕らは一般の人が入ることのできないコミュニティで数日過ごすという貴重な体験をすることができた。 初日、「日本のODA」とあるトラックが走っているのを見かけた。スモーキーマウンテンの神父たちが教会に通達して、教会や学校でゴミを分別して出すことをマニラ全体で教育し、日本から送られた3台のトラックが、分別されたゴミを回収するのに役立っているという。 スモーキーマウンテンのゴミは、とにかく無分別だ。ゴミを拾って生計を立てている人たちが、ゴミの山のなかからお金になるモノを探すのに分別からしていたのでは大変不効率である。最初からゴミが分別されていれば、彼らの「生計ゴミ」の収拾率が上がり、よりお金にもなる。コミュニティの人々は、このODAに大変感謝しているということだ。神父は、「トラックはまだ全然足りていない」と言うが…。 |
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| 今回の旅では、相反している日本のODAの実例を見た。僕が総括して語ることはできないが、どちらが現地の人々に根ざした援助だろうか? 援助する側、援助される国の政府とも、立場的に弱い人たちのことをどうしても忘れてしまいがちだ。国を支えているのは彼らなのに、彼らの声はなかなか上層部に届かない。そんな時に、一緒に声を出していくのも援助の一つだと僕は思った。お金だけがすべての援助ではないのだから。 |
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スモーキーマウンテンに立った。ゴミの量もすさまじかったが、臭いとハエの量に嗚咽さえも催してしまうような劣悪な環境。1時間ほどしか、僕らはいなかったのだが、ここで半日以上仕事をするために居続けるなどとても考えられない |
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| *ODA(Official Development Assistance)政府開発援助: DAC(開発援助委員会;OECD(経済協力開発機構)の中の組織)加盟諸国が行う発展途上国への援助のこと。無償援助という返済義務のない支援、有償援助(円借款)という返済義務がある支援、技術協力という現地の人材育成や教材の提供などを行うものなどがある。 **スモーキーマウンテン: マニラ郊外、港のすぐ側に地図には載っていないゴミ捨て場。いつも煙っているように見えることからこのように呼ぶ。政府が焼却炉を造る費用を捻出できず、何年もかかって分別されていないゴミが捨てられ続けてきた。ゴミを拾ってリサイクルして売って生計を立てている人たちが多く居住し、ゴミによるケガや有毒ガスなど、生活環境は劣悪にも関わらず、決して彼らの数は減ることがない。 |
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立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)アジア太平洋学部1年。19歳。中・高校時代、タイの子どもたちにおもちゃを送る活動を立ち上げ。ストリートチルドレンや児童労働に興味をもち、国際会議などへも積極的に出席。 大学ではアジアの子どもたちへのボランティアサークルを立ち上げ。現在は、アルゼンチンのある州とフェアトレードするプロジェクトを検討中。 海部郡蟹江町出身、ボラみみスタッフ |
| 的場 創平 (まとばそうへい) |
夏休み、9月の3週間を使って、大学のサークル仲間と一緒にフィリピンを周遊してきた。 フィリピンには、日本人は観光ではあまり行かない。そのわりには、日本に来ている外国人のなかでフィリピン人が目立つのではないだろうか。本で読むよりも、実際に現地を見れば、その謎が解きあかせるように思った。 訪問先は、以前名古屋にいた時代から交友があった知り合いが、フィリピンに仕事で行っているので、コーディネートしてもらったが、前もっての予定はあまり入れていかない「ぶらり旅」でもあった。 今回の僕らの旅は、日本のODAの実体を見るという目的もあった。ODAが途上国の人々に被害を与えることもあるということを聞いていたので、フィリピンでの実態を確かめたかったのだ。 |