2002年12月号 特集
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フィリピン紀行 vol.1 〜セブ島のフェアトレード〜


セブ島のフェアトレードNGO
 フィリピンには、「セブ島」という日本でも有名な観光地がある。しかし、観光客が行く「セブ島」は本当のセブ島ではない。マクタン島というセブから橋1本隔てた別の島が観光地になっているのである。そして本物のセブ島には日本人の観光客の姿は見えなかった。
 ここに住んでいる80%は農業などに従事しており、彼らは大企業などの末端の労働者として、豊富な自然から採れる果実などを育て、生計を立てている。しかし、彼らは社会的にもっとも弱い立場で、不当雇用があたりまえのようにまかり通っているという。
 そんな無秩序の農民雇用体制を変革し、貧困の原因を解決しようと、フェアトレード*を提唱するNGO団体SPFTC(Southern Partners and Fair trade Corporation)がセブ島にある。この団体は、フィリピン産のマンゴーをドライマンゴーに加工して売るという活動をしている。
 ドライマンゴーができるまでのおもな過程は、マンゴー農園→マンゴー工場→販売。僕らは、マンゴー工場に3日間滞在した。工場で働いている人々は、もともとストリートなどにいた経験**を持っており、フェアトレード工場で正規の値段で雇用してもらっていることにまず誇りを持っていた。そして、自らの国への危機意識を感じていた。が、貧しいために学校へ行けず、社会的地位も低い。何を行動しようにも、言動が注目されない。

マンゴー工場で働いてみた
 僕らはマンゴー工場で一緒に働き、働いている人たちと話をした。マンゴー工場は、和気あいあいとしており、だれもが明るい。ゆったりと時が流れ、遅刻してもノープロブレムなフィリピンタイムだ。  そのなかに、13歳くらいに見える小さい女の子が。「SPFTCは、フェアトレードを提唱していても、児童労働は認めているのか?」と考えていたら、実は21歳だという。栄養失調と前職の過酷さにより、背が縮んでしまったというのを聞いたときはショックだったが、工場のまわりのコミュニティをよく見てみると、テレビで見かけるような、栄養失調でお腹が大きい子どもたちがたくさんいた。
工場の仲間と記念写真 昼休み、工場の前で。みんなは弁当を持参。自己の英語力のなさを実感するとともに、アジアンEnglishのわかりにくさも実感。
こみいった話の時は、特に慎重に言葉を選んで遠回しに聞くので、よけい難しい。

 彼らは生活の向上を望んでいた。世界中のだれもが『もっといい暮らしをしたい』と思うのは当然だろう。しかし、彼らの力や、フェアトレードだけで現在の生活が向上するのだろうか。フェアトレードの品物を販売するには、品物が現在の市場に出ているものの数倍も高価になってしまう。普通、同じ品物があって、値段だけがちがったらどちらを買うか?・・・ほとんどの人が、安い方を買うだろう。SPFTCも、それを承知のうえ、安全性・無農薬を唱って販売しているが、小規模のまま事業の拡大ができないでいる。
 資本主義経済が流通する世界で、あえて末端の労働者の事を考えて世界中の人が買物をするようになる日がくれば、経済格差がもっと小さくなるのかもしれないが・・・。
(つづく) 
ユニフォームと帽子、手・足を洗うのは必須。皮をむくのも、パッキングするのも、すべて人間 白衣を着ている創平
休憩時間に昼寝 休憩時間に昼寝。ドライマンゴーはうまいが高い。市場でちゃんと売れていくだろうか?

*フェアトレード 途上国に商品作りという仕事を提供し、適正な価格で輸入・販売することで経済的・社会的自立を支援すること
**ストリートなどにいた経験 親を亡くしたり、貧しかったりするために路上生活をせざるをえない人たちがいる


的場創平 顔写真 立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)アジア太平洋学部1年。19歳。中・高校時代、タイの子どもたちにおもちゃを送る活動を立ち上げ。ストリートチルドレンや児童労働に興味をもち、国際会議などへも積極的に出席。 大学ではアジアの子どもたちへのボランティアサークルを立ち上げ。現在は、アルゼンチンのある州とフェアトレードするプロジェクトを検討中。 海部郡蟹江町出身、ボラみみスタッフ
的場 創平
(まとばそうへい)
夏休み、9月の3週間を使って、大学のサークル仲間と一緒にフィリピンを周遊してきた。 フィリピンには、日本人は観光ではあまり行かない。そのわりには、日本に来ている外国人のなかでフィリピン人が特質して目立つのではないだろうか。本で読むよりも、実際に現地を見れば、その謎が解きあかせるように思った。 訪問先は、以前名古屋にいた時代から交友があった知り合いが、フィリピンに仕事で行っているので、コーディネートしてもらったが、前もっての予定はあまり入れていかない「ぶらり旅」でもあった。


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