ボラみみ 2002年05月号掲載



ボラみみスタッフ 創平が行く!
元ストリートチルドレン、メングと話した



的場創平さん
 2月、東南アジアの貧しい子どもたちを支援するNGOと、それに関わっている18歳までの子どもたちが参加した国際会議『東南アジア子ども支援NGO会議』が、JANIC(NPO法人国際協力NGOセンター)とインドネシアNGOの共催により、行われました。ジャカルタでの会議に、僕は子ども日本代表として参加。アジア各国の若者と直接話ができました。
的場 創平(まとばそうへい)

立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)アジア太平洋学部1年。18歳。中・高校時代、タイの子どもたちにおもちゃを送る活動を立ち上げ。ストリートチルドレンや児童労働に興味をもち、国際会議などへも積極的に出席。新しい大学ではアジアの子どもたちへのボランティア団体をつくろうと考え中。「賛同してくれそうな仲間ともっと話をつめていこうと思っています」。海部郡蟹江町出身、ボラみみスタッフ
写真
一緒に話し合ったグループメンバー。各国の問題と取組みについて、壁に貼っていった。左から2番目がメング
ストリートチルドレンとは?
さまざまな理由で、路上に出て生活をしている子どもたちのこと。親を亡くしたり、親が貧しかったり、親にDV(家庭内暴力)をされるために自宅にはいられず、子どもたちのコミュニティで働き、自力でお金をかせいでいる。彼らのおもな仕事は、新聞、たばこ、花売り、靴磨き、人力車引き、行商、物乞い、廃品集め、売春など。日々危険と隣り合わせの状況にあり、また、生きようが死のうが誰もかまってくれないという深い絶望感が、シンナーなどを組み合わせた安い吸入用ドラッグを常用させ、中毒症状を起こす事も多い。

 ユースメンバー(子ども代表)のなかに、カンボジアから出席をしている元ストリートチルドレンがいました。あだ名はメング。ホテルの部屋が一緒で、つたない英語で夜な夜な路上生活での経験を聞くことができました。

 4歳のころからアルコール中毒の父親に殴られ続け、7歳のときには父親が酔った勢いで家に火をつけて全焼させてしまった。とうとう彼は、親や兄弟を捨ててストリートに出、そこでの友だちと生活をしてきたといいます。

 路上で子どもだけの生活というと、キャンプみたいで楽しげな想像をする人がいるかもしれませんが、実際は毎日働いても食べられるか食べられないかというギリギリの生活。服は3カ月以上洗ったことも、変えたこともないというのがあたりまえ、新聞を売ったり、人力車を押したりする日雇い賃金で生き延び続けてきたそうです。「家での乱暴から解放されたと思ったら、今度は職場の大人から毎日殴られた。それで、毎夜ドラッグにふけっていた」。彼の口びるはいまもドラッグの後遺症で青ざめていて、痛々しかった・・・。

 彼は「ワールド・ビジョン」(世界規模で貧困・飢餓・戦禍などで苦しむ人々の問題に取り組んでいるNGO。http://www.worldvision.or.jp/)に助けられて高校に行った後、現在はその団体でボランティアをしながら、ホテルのポーターをしています。ポーターでかせげるのは、1日2ドル程度のお金ですが、僕と同じくらいの年齢にも関わらず、家族を呼び戻し、友だちも含めて9人を養っているとか。お父さんだけは行方不明になっていて一緒ではなく・・・。「お父さんと一緒にまた暮らしたいんだ」と語っていました。

 結婚の話になったとき、彼は下を向きました。「元ストリートチルドレンということが知られてしまうと、結婚が難しい」と言うのです。カンボジアのなかでも、元ストリートチルドレンというだけで世間の偏見が非常に強く、過去にストリートで生活していたということがわかると、普通の家庭の女性と結婚するのは不可能に近い、ということなのでした。

 彼と話して、今まで本やテレビのなかでしか見たことがない児童労働という問題が、自分のなかで現実味を帯びてきました。この4月、国際問題に興味を持って大学に入学しましたが、引き続き東南アジアを中心とした児童労働の問題に取り組んでいこうと思っています。外国に旅行に行くことがあり、協力可能という方がいらっしゃれば、行った先の街の様子や写真を見せてください。ご連絡くださるとうれしい限りです(souhei15@hotmail.com)。

▲Page Top

写真 会場は大きく豪華なホテル。ストリートをしていた彼らにとっては、ギャップがあり過ぎたと思う。poverty childrenについての会議なのに、上から見ているような気がしてしかたがなかった

ユースのオールメンバーで記念撮影 写真

▲Page Top

HOMEに戻る