青年海外協力隊タイトル

  

岸本桐葉写真
岸本桐葉(キシモトキリハ)

幼稚園に就職した3年目の秋、生命力あふれる子どもたちの目が印象的なポスターをキッカケに青年海外協力隊に志願。
「物に恵まれたこの日本で、私たちは何に満足しているのだろうか?物のない遠くの国で、この子どもたちはどんな素敵な幸せを知っているのだろう?」。
2回目の挑戦で合格。希望は情熱の国・異文化トンガだったが、派遣先は中国。
79日間の日本での訓練と、3週間の北京での語学研修を経て、2001年4月〜2003年4月まで中国湖北省黄岡・代代紅幼稚園教諭として働く。28歳。
名古屋市出身。
タイトルの「小朋友」は中国語で子どものこと

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ボラみみより情報局まで
Vol.2 格段に違った中国と日本 〜文化・保育〜

 
とうとう中国に着いた。その印象はというと空気が重い、雰囲気も重い。正直言ってちょっと帰りたくなった。でも、北京3週間の語学研修中はすべてが新鮮だった。バスにのることさえ刺激だった(すし詰めでスリが多い)。
 そして一番の思い出は、野菜市場に一人で行ったとき。市場の人に日本人とばれ、「日本円は持ってるか?見せてくれ」と言われる。怪しかったけどしかたなく見せると、「俺にも見せろ、俺にも」と人から人の手に渡っていく。正直返ってくるか不安で泣きそうだった。結局戻ってきたのでただの好奇心からだったよう。外国に出る機会が少ないため、外国人の持っている物や目新しいものに純粋に興味を示す、ピュアな中国の人たち。

代代紅幼稚園の歓迎・要請

 北京までは同期の5人と一緒に現地訓練を受けていたので一人任地に発つ日は緊張した。北京から武漢に飛び、武漢から車で幼稚園に着くと、中国式の歓迎。子どもたちが私の名前のプレートを持って門のところに立っている。超中国チック。
 協力隊派遣で問題のひとつとして「配属先自身が隊員に何を求めるのかわかっていない」ことがある。代代紅幼稚園もそうだった。戦後日本が急速に発展を遂げ、「さまざまな日本製品の質がいい=教育がいい」というつながりなのか、どこの情報からなのかわからないけれど、日本の保育がいいと思い込んだ園長先生。でも、日本の保育の何が、どこがよいのかわかってない。とりあえず画期的な何かをしてくれるんじゃないかと思い要請を出したパターンだ。

ペットボトルでスコップを作って砂遊びの写真
ペットボトルでスコップを作って砂遊びをする子どもたち

 でも、私は手品師でもなければ花火を打ち上げられるわけでもない。日々の積み重ね、計画により、よい保育が成り立つことをわかってもらいたかった。これは計画を立てない狩猟民族的な中国と、計画を立てる農耕民族的な日本との国民性の違いもあるかも。2年間かけて、そのことが伝わったかは正直言って自信がない。




中国と日本の保育のちがい

 代代紅幼稚園では、記憶教育重視であった。遊びのなかから学ぶという日本の価値観を押しつけても前に進まない。はじめは異国を理解することに努めた。 

教室が区切られてベッドになっている写真
12時から2時までのお昼寝。教室が区切られていて半分が授業の部屋、半分がベッドになっている


一番の違和感は、先生の子どもに対する抑圧的な態度だった。これは中国自身を物語るかのようだ。1クラス40人以上いる子どもたち(国の補助がないため、経営上1クラスの人数が増えてしまう)、おもちゃもほとんどない、教えなくてはならないことが決められている(たとえば3歳の子どもはいくつまで数えられる、5歳の子どもはボールを何回つくなど)。担任一人で40人以上の幼稚園の子どもを集中させ、学習させるにはムリがある。そんな環境で子どもと先生の距離も遠くなり、抑圧的に管理するのもわかる。中国という国の構造が少し見えた気がした。
 それでも改善できることは“楽しんで保育をする、楽しい授業をする”ということ。やっぱり笑顔は心を豊かにするから。そしてクラスには少しずつ笑顔が増えていった。






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