避難している島民に回覧板のかたちで配られる「みやけの風」。非難や支援の状況だけでなく、イベントへの招待や就職情報も載っている

タイトル・・ボラみみスタッフエイトが行く・・三宅島噴火、その後

後藤英斗(ごとう・8えいと)
愛知県立大学情報科学部
情報システム学科2年。
大学に社会福祉学科などがあることからボランティアに興味を持ち、所属している放送サークルでボランティアに関するニュース番組をコンテストに応募したりしている。『ボラみみ』ネットチームスタッフ。


2000年6月の三宅島噴火災害から月日が経ち、テレビなどではその情報を目にすることはほとんどなくなってしまいました。けれども今なお、避難所生活をしている被災者や支援活動をしている人たちはたくさんいます。「三宅島の声を聞く」というスタディツアーは、そうした人たちのナマの声を聞くというもので、「被災地は今・・・〜三宅島噴火火災・東海水害〜」という勉強会の一環として参加しました。1月のことです。
 スタディツアー1日めは「防災ボランティア見本市」に参加。北海道や東京、静岡・名古屋などから、防災ボランティアとしてさまざまな活動をする団体に会いました。それぞれ被災地で活動の実績がある災害救援団体ばかりですが、その体験・経験から得たノウハウを共有したり、今後災害が起こったときには協力し合って仕事を分担していこう、といったようなネットワークがあれば、いざというとき迅速に、それぞれの得意分野を活かした効率的な支援活動が行えます。ふだんからの準備・連携は大切だなあ、と実感しました。

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画像、阪神淡路大震災の追悼イベントの写真

画像、ロウソクに火をつけるエイト君
阪神淡路大震災の追悼イベント。
「KOBE」の文字の回りにみんなでロウソクを持って輪を作り、被災者を追悼する黙祷を捧げた。このようなイベントを行うことで災害の教訓が人の記憶に残っていくのだと思う

 

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画像、三宅島・神月に伝わる伝統の太鼓のステージのもよう
三宅島・神月に伝わる伝統の太鼓
躍動感のあるステージだった

 

 

 

画像、三宅島災害・東京ボランティアセンターでの会談後の集合写真
(下段左)三宅島災害・東京ボランティアセンター事務局長の上原さん
(下段中央)佐久間さん夫妻
会談を終えての集合写真。
スタディツアーには、学生も多く参加した。ふだんなかなか聞けない被災者のナマの声を聞くことができた

2日めには、三宅島災害・東京ボランティアセンター事務局長の上原さんから、三宅島からの避難者のコミュニティを取り戻すための取り組みについて聞きました。「島民ふれあい集会」は、東京でバラバラになっている三宅島の人たちが集まる、ちょっとしたお祭りです。ここではみんな、避難生活の疲れを癒し、懐かしい顔を見てほっとするのだとか。島民の各避難先の電話帳や島民会など、メディアには出なくても、三宅の方々の避難生活はまだ続いているのだなあ、ということを改めて感じました。画像、避難島民の為の回覧誌「みやけの風」
被災者である佐久間さん夫妻とも話しました。避難してすぐのころは、慣れない東京でエレベーターに乗るのも苦労するような生活だったとか。島民があちこちに散らばっている今の生活のなかで、ほかの人たちの状況やイベントなどのことがわかる『みやけの風』という広報誌は「毎週送られてくるのがとても楽しみ」とおっしゃっていました。
僕のなかでは、三宅島での暮らしがどんなものであったかを一番聞いてみたいと思っていました。―豊かな自然のなか、海で獲れた魚を食べ、畑で獲れた野菜を食べるという、街に住む人間から見たらゼイタクとさえ思えるような生活。家に鍵をかけなくてもいい近所づきあい、呼ばなくても家に上がってくるという暖かい人間関係。―そんな話を聞いて、「帰島がかなったら、きっとみんなで遊びに行きます!」と思わず約束しました。
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ボランティアが必要なのは、災害のときだけではなく、こうした日常にもあるのだということ。日ごろから避難時の物資等を準備するのはもとより、災害は自分にもいつでも降りかかる可能性があるのだということ。―今回のツアーでは、自分の実感値として、災害についてとらえることができたような気がします。
本誌掲載 ボラみみ 2002年4月号 ボタン、ホームページに戻る