そんな中、ダウン症の息子たかひろは大雨と雷との恐怖で、ずっと泣きじゃくっていました。幸い、2階の人が窓から県警のボートを呼んでくれたおかげで、私たちは助かりました。たかひろに防服を着せようとすると暴れ回り、ずっと私にしがみついて泣いていました。
私は周りに音もない静寂で、避難警告も私の耳には届きません。私はいつも真正面に向かって相手の口話を読みとるので、あたりが真っ暗だと相手の口元が見えないのです。救助にきてくれた人にその理解があれば、懐中電灯を口のところに持っていって、私に話しかけて欲しかった・・・・・。
緊急文字放送や電子文字版など、緊急報告のために何でもいいから、目に見える情報が欲しかったのです。これは全般的に、聴覚障害者たちへの大きな課題だと思います。
それからやっと避難所の楠中学にたどり着いた時は、時計の針は朝4時を回っていました。体力との勝負で疲れてしまった時、たかひろは安堵したのか、広い中学校内で元気に走り回り、何度も行方不明になりました。本当に活発な子で、どこかへ行ってしまうと私のところに戻ってきません。その度に子どもたちと一緒に彼を探すことになりますが、やはり障害児を抱えていれば体力が要ります。緊急時は特にそうです。
日本でもアメリカのようにハンディキャップセキュリティープログラムを作り、車いすで逃げられない人たちも優先的に避難できるようにしていく必要があると思います。そのためには、まずはハンディのある人がどこに住んでいるかを確認し、救助を施せる仕組みづくりが必要だと思います。彼らも含めて、高齢者や病を持った人たちも助けてあげてください。障害児(者)の命です・・・・・。 |