「学ぶ人」と「教える人」を地域が育てる。

−市民学校「旭学舎(あさひまなびや)」の取り組み−

中学生が小学生に勉強を教え、高校生が中学生の宿題をみてやり、そして地域の大人たちが子どもたちに昔ながらの田植えを伝承する・・・。名古屋市と瀬戸市に挟まれた約8万人のまち尾張旭市にある地域の“まなびや”には、あらゆる学年の子どもたちやあらゆる職業の大人たちが集い、渾然一体となって、学び、遊ぶ時間を共有している。週に1度の土曜日、そんな学びと遊びの場を提供する市民学校「旭学舎(あさひまなびや)」の一日を取材した。

■ 上の学年の子が下の子に教える学習スタイル。

桜の散りかけた頃、ポカポカ陽気に包まれた晩春の土曜日に、「旭学舎(あさひまなびや)」の活動場所である尾張旭市の渋川公民館の一室をのぞいた。学舎の開始時間である午前9時には学校の教室くらいの広さはある一室が、地域の子どもたちであっという間にいっぱいになる。元気な声が響きあい、中でも「旭学舎」の“先生”であり代表の中山則子さんが、子どもたち一人ひとりの顔をしっかりと見据えて掛ける「おはよう」の声はひときわ大きい。
子どもたちは、部屋に入ってくるなり10くらいのグループに別れて座り、自分の勉強道具を机の上に並べる。そして、せっせと勉強を始める子どもがいれば、読書にいそしむ子ども、あるいは一週間の出来事について隣の友だちに報告をはじめる子どももいる。目を引くのが、各グループに2、3人の割合で座っている、高校生、大学生、専門学校生それに社会人など大人たちの存在。耳を澄ますと、そこかしこから、「ここわかんないから、教えて」の声と、「どれどれ」という声が交互に聞こえてくる。そして、このやりとりこそが、「旭学舎」ならではの風景だ。

中高生も仲良くお勉強?
中高生も仲良くお勉強?


「ここわかんない」と小学生が上級生にSOS
「ここわかんない」と
小学生が上級生にSOS

新中学生に図書券のお祝い
新中学生に図書券のお祝い


「旭学舎」は、上の学年の子どもが、下の学年の子どもの勉強や学習を見守り、それを「旭学舎援助隊」と命名された地域の大人たちがサポートするユニークなシステムをとっている。小学生、中学生の子どもたちから、高校生、大学生、それにOLや主婦、さまざまな職業の大人たちまで、すべてのメンバーは合わせて80名。子どもたちは月々1,000円の会費を納め、5回受講すると図書券がもらえる。一方、勉強を教える側の学生や地域の大人たちはすべてボランティア。代表の中山さんが、「わざわざ自分で交通費を負担して来てくれている学生さんには感謝の気持ちでいっぱい」と言うように、この日来ていた専門学校1年生の星野玲文さんも、ボランティアのひとり。自分の母親の友人でもある中山さんから誘われ、参加したという。「子どもはどっちかというと苦手だし、大事な休日がとられるし、最初は気が重かった。でも、子どもたちと打ち解けていろんな話をするうちに、彼らの純粋さとか、素直な心に触れて、逆にこちらが多くのものを学ばせてもらっていることに気づきました」と、星野さん。今は時間が許す限りこの活動に参加。「苦手だった」の言葉が信じられないほど、今は「いいお兄ちゃん」として、すっかり子どもたちの輪の中に解けこんでいる。

■ 「学ぶ側」と「教える側」を同時に体験して。

「旭学舎」は、代表の中山さんが、学ぶ側、教える側を同じ時期に同時に体験したことがきっかけで始まった。今から4年前の平成12年、午前中は清洲町にある日本福祉建築専門学校で生活環境論などを教え、午後は社会人枠で入学した名古屋大学情報文化学部の学生として学ぶ側にもあった中山さんは、「大学では素晴らしい講義に出会えて感動することもあれば、先生の一方的な進め方に不満を覚えることもありました。それで、二つの立場を体験してこそ、学ぶことの素晴らしさも理解できるのでは」と気づいたという。小中学校での教員経験もあり、子どもたちの教育にはこと関心が高く、やがて、地域を巻き込んだ新しい学びのスタイルを実践できないか、と構想を練り始めた。そして、2年前の平成14年に義父母の介護を手伝うため、大学を休学するのをきっかけにこの事業を始める準備段階に入った。
さっそく頭にあったものを文章化して、知り合いや地域の人々に配り協力を仰いだ。そして、場所探し、生徒探しが始まり、平成14年の9月に「旭学舎」がオープン。当初は口コミで集まった子どもたちが15名程度、中山さんが自ら一人ひとりの子どもたちの学習レベルに合わせたプリントを作成し、子どもたちにはそれをやってもらっていた。今は、新聞などに大きく紹介されたこともあり、子どもたちの数も飛躍的に増加、またニーズの多様化などもあり、個々の勉強道具を持ち込んでもらうスタイルに落ち着いたという。開校から1年半、評判が広まり子どもたちの数が増えれば増えるほど、課題も多くなってきた。「旭学舎」の運営には、今も試行錯誤が続く。
「不登校の子どもたちや、学校の授業についていけない子どもたちも通ってくれていますが、ここだけでの時間ではなかなかきめ細かいフォローができない面もあります。今後は、そうしたことも課題の一つなんです」と、中山さんは言う。

■ 頭を使ったあとは、田んぼで土にまみれる。

旭学舎の時間割は、午前9時から10時までが「学習の時間」、10時から10時半までは外や隣の児童館で「遊ぶ時間」、その後正午までは毎週「さまざまなプログラム」が組まれている。たとえば、フリーライターを講師に迎えて行う新聞作りや地域の大人たちと一緒に楽しむ料理作り等々。そして今年の目玉は、4月から始まった「みんなで米をつくろうプロジェクト」。田植えをする土地は、活動場所の公民館から土手沿いを歩いて数分のところにあり、地域の人が無償で貸してくれた。講師は、中山さんが万博のボランティアリーダー講座で知り合った専門家などが務める。無農薬の米のほか、野菜も栽培し、11月の収穫祭に餅つきや芋煮を行う予定だ。
取材に訪れた日は、プロジェクトの初日だった。土地を、田んぼと畑の部分に分けて、この日はまず畑の部分を耕す作業。土を掘り起こし、混ぜ、田と畑を分ける堤防を作り、石灰石を降りかける、という工程だ。
午前10時半、勉強から開放された子どもたちは、大人たちに促されると、持ち寄ったスコップを手に、おっかなびっくりで田んぼの中に足を踏み入れる。そして、いざ作業開始。大人たちが、鍬の使い方から土の耕し方まで、手取り足取り教える。ほとんどが田植えの経験などない面々だが、さすがに子どもたちは、何でも遊びに変えてしまう天才。手が汚れることなんて気にならない様子で、男の子を中心に「おもしれ〜」「ぼくにもやらせて」など、弾んだ声が響く。掘り起こした土の中からは冬眠中のカエルやミミズ、ドジョウまでもが飛び出し、そこはにわか理科教室に早替わり。見つけた生き物の生態について説明を始める大人の回りには、子どもたちが一斉に群がる。一方、女の子の関心は、土遊びよりもやはり“お洒落”。田んぼ一面に咲きそろったレンゲやタンポポを摘んできては、中山さんらにネックレスや指輪の作り方を教えてほしいとせがんいる。田んぼ脇の農道は、またたくまに自然のアクセサリーでいっぱいになった。

           
田んぼも鍬を持つのも初めて
田んぼも鍬を持つのも初めて


堤防の土台はみんなで足固め
堤防の土台はみんなで足固め


蓮華のネックレスと「はいポーズ」
蓮華のネックレスと「はいポーズ」


生き生きした子どもたちの表情や、その周辺にいる大人たちの笑顔をまぶしそうに見つめる中山さんは、語る。「この活動は子どもたちのためだけじゃないんです。こうして、大人同士が関りを持つ機会にもなるし、それが地域の活性化にもつがなりますよね。最終的な目標は、ここで実践したことをシステム化し、他の地域にも広めていくことなんです」。西春町では、実践に向けて計画が進んでいるという。

 「旭学舎」が軌道に乗ってきたこともあり、この4月から、大学に復学したという中山さんだが、やるべき仕事は今後ますます増えそうだ。


「旭学舎」代表 中山則子さん
「旭学舎」代表 中山則子さん
■ Information
 旭学舎(あさひまなびや)
 ●活動場所:渋川公民館
 〒488-0834 尾張旭市庄中町塚坪2130
旭学舎(あさひまなびや)外観
 ●活動時間:毎週土曜日 午前9時〜正午
 ●問合せ先 代表 中山則子さん
 E-mail:nakayamas4@mte.biglobe.ne.jp
 ホームページ:http://0561.org/manabiya/


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